2004年11月

今取り組んでいること

200411111322_2.jpgこの間ITと音楽の話をしたと思うのですが、そのままほったらかしているわけではないんですよー。僕がバンドの楽譜を清書するときに実はTexを使うことがあるのは知ってる人もいると思うのですが、その時の方法をちょっと公開しようと思いましてその準備をしています。楽譜を書くときにはTexをMusixTexというので拡張して、更にいくつか支援ソフトを使うのいます。僕はその時使うマクロファイルをアカペラ楽譜で使いやすいようにカスタマイズしています。で、今年に入ってからコンピュータがMacになりMusixTex環境を整えたのですが、マクロファイルの移行までは完了していないのでまだ公開できないんですねー。移行して公開準備が整い次第、シリーズでTexを使って楽譜をきれいに書く方法を書いていこうかと思います。始まって以来の実用講座シリーズ!ちなみにそのまま出版できそうなほどきれいに出力できますよー。
マニアックだけれどこうご期待。などと言って自分で自分を追い込んでみる。

歌というメディア

200411090029.jpg 最近なんだか結構堅い話が続いていますが、今回も堅いかもしんない。本日は歌というメディアについて論じてみようかと。ってのっけからいきなり堅いもんなぁ。(苦笑)とりあえず思いついたことを書いているのでそのうち誰も見に来なくなるんじゃないかという危機感もあり。(笑)ここに書いている事ってだれかの実になったりしているのかしら?
 さて、今日のお題ですがホントに僕が思ったことを書いているので、メディアの専門家とかに読まれると何いっとんじゃこいつわ!と怒り心頭になるかもしれません。お許しを~やれうつな~蠅が手を擦る足を擦る~。
 元々人と人との間で交わされるコミュニケーションのうち8割程度までが実は非言語コミュニケーションだという話は結構有名なので聞いたことがあるかもしれません。つまりは僕らが普段している会話なんかで意志の伝達がなされているうち純粋に言葉だけによって伝わっている部分というのはごく一部で、ほとんどは表情や、語気、雰囲気、手紙なら文字の感じなどに寄るところが実は大きいというお話です。言われてみると確かに会って話すよりも電話、電話よりもメールの方が誤解は多いし、メールなんかもフォントを変えるだけで随分印象が違って見えたりしますな。ご承知の通り言語などは脳の中でも主に左脳で扱われます。いわゆる「理論の脳」ですな。
 一方表情、語気、なんかは主に右脳で扱われます。感情を音の起伏や、音色、顔の筋肉なんかを制御することで表すわけです。そんなわけで右脳は「感情の脳」と言われたりもします。人間の音声ってのはこの二つの脳の共同作業で成り立ってるわけですね。こう考えると人間の音声って言うのはやっぱり他者に意思を伝達するために非常に優れたメディアであると言えると思いません?
 で、音楽のお話です。音楽はどっちの脳?って言われたら右脳と言うことになるようですね。結構古くから人間は音楽を用いて表現をしようとしてきているわけで、メロディーやそれを乗せるコード、そして音色や強弱なんかでいったん左脳で言語化しないと表現が難しいような細かな心の動きや言語化が非常に難しい感情、そして情景を伝えられるよう取り組んできました。聞いているだけで情景が浮かんでくるような曲やとか泣いちゃうような曲って言うのはそういうのに成功しているということなんでしょうね。直に右脳を刺激して情景を描かせたり感情をシンクロさせたりしているってことになるんでしょうか。
 さて、そこに「歌詞」が乗ったら?言葉がのることで更にイメージを精細化することができそうじゃないですか?そう考えたら歌って言うのは人間の大脳を全部ひっくるめて強力にシェイクすることができるようなそんな凄いメディアなんじゃないかって最近ふと思う瞬間があったわけです。この凄いメディアを存分に活用することができる人というのは数少ないと思います。表現したいことを的確に表しつつも歌詞に寄り添うメロディーとコード、同じくメロディーに寄り添いつつイメージを精細化する歌詞、そしてそれを表現しきることのできる演奏家。これらを全て備えるもしくは協働作業をするというのは並大抵のことじゃない。でも、確実に僕らの心を揺り動かす音楽というのは存在するわけでまったくムリということではないんだと思います。僕もいつか1回くらいはこの「歌」という「メディア」を最大限に活用してみたいもんです。

僕の中から出てくる音

 この間長期で実家に帰っていたときに、ふと無くなった祖父がよく機嫌のいいときに民謡とか演歌を口ずさんでいたのを思い出しました。小さい頃はあんまりそれを聴いて何とも思わなかったというよりはあんまり快くは思ってなかったように記憶していますが、その時はふと「でも、あの歌うまかったよな」って思ったんです。もちろん亡くなってしまった人のことなので多少なりとも美化されているところはあると思いますが、それにしても田舎のじいちゃんばぁちゃんが歌う民謡とか漁師の歌う舟歌って凄くうまいと思うんです、技術的な話というよりは直に心を打つような力がある気がします。
 それはなぜなんだろうとちょっと考えてみたんですが、きっとそれはその歌がじいちゃんばぁちゃんの中にしっかり息づいていて、歌ってそれが引き出されてくるというよりむしろ、音楽が中からあふれ出てくる感じだからだろうと思います。確かに、曲を書くときにポップスとかはメロディーラインを考えるだけでも一苦労なのに、割と演歌とか、民謡って考えると何となく自然に出てきません?そう考えると僕らの中にも民謡のような民族音楽は息づいているのかなと思います。と同時にもしかしたら、僕はクラシックやポップスといった自分の文化圏から出てきたわけではない違う種類の音楽に取り組んできたことで自分に内在する音楽を育てられずに自分の中からあふれ出てくる音楽というものを失ってしまったのかもしれないと思いました。
 そんなことを考えてちょっと怖くなって母親に話をして最後に「僕は自分の中からあふれてくるような歌を歌えるのかな?」ってつぶやいたときに、母親が「うーん。あたしはあんたにもそういう音楽があると思うよ。」って言ってくれたんですよね。家族から音楽に関してそういう言葉を聞くことがあまりなかったので凄くうれしかったです。
みんなのなかにある音はどんな音楽を奏でていますか?あふれ出てきそうですか?

音を聴く耳

 ツールと音楽についての話を書こうと思ったんですが、まだまとまってないので別の話を書こうかなと。
今日午前中配達指定で宅配便があったので自宅で待機していたのですが…。
「こないぢゃん!」

「むー。」と思いながら学校に出ようとしたら
「不在通知はさんであるぢゃん!」(T▽T)
頼むよ。何で気づかないかな僕…。ホントに音を聴く耳持ってるのか?!
いや、別にそういう話をしたかったわけではないのですよ。

 昨日ふと自分に何かが起こって五体満足でなくなるとしたら…と考えてしまった。たまにそういうことを考えてしまうのだが、そういうときに自分のなかでどんなものが大切なのか、自分が何を使って自分を他者に伝えようとしてるのかということが顕在化することがある。
 もし、耳や声を失うことになったら間違いなく僕は狂ってしまうだろう。僕にとってきっと音というものはそれだけ大きな位置を占めていて、それを失うことになったとしたら僕は自分を伝えるすべを失ってしまう。そう容易に想像が付くからだと思う。もちろん僕は自分の声や音がそんなに大好きというわけではない。でも、自分が一番自分らしくいられる瞬間は自分が音楽しているときだと僕は信じている。

要はね。僕音楽大好きなんです。なんだかんだ言って歌うの大好きなんです。だから、歌える限り僕は歌いたいっ。

久しぶりに。

久しぶりにBlog書きます。(ホントにひさしぶりだな。)
なんだかんだで忙しかったようです。(他人事かよ)

とりあえずカテゴリをアカペラ談義にしたのでアカペラ話を一つ。

 オリジナル曲書き上がりましたー。曲自体は夏の段階でできあがっていたのですが、各パートへの音の割り振りとか、歌詞とかがやっとこさ上がりました。練習も始まりました。
自分の提案した曲ができあがっていくというのはもちろん凄くうれしく、楽しいのですが、自分が書いた曲が形になっていくというのはある種感動を覚えますねぇ。なかなか、自分で曲を書いてもそれを聞こえる形にするというのはDTMくらいの手段しか無いと思うのですが、こういうときにアカペラという形式は非常に勝手がいいなと思いました。特にポテンシャルの高いバンドに恵まれた場合は非常にプロトタイピングがやりやすい。じゃぁ、やってみようか。の一言で本物の音で自分の曲を音にすることができる。僕は小さい頃から周りに音楽をやる人がいなくて編曲やったりしても寂しい思いをすることが多かったのですが、今はそういう意味で非常に恵まれていると思います。仲間に感謝。ラブ
 僕は最終的には五線譜ノートを書く人なんですが、ノートだけで曲が作れるほどの能力があるわけではないので、発想の道具としてDTMソフトを使っています。今回はMacに乗り換えて始めての曲作りだったのでGarageBandというソフトを使ってのはじめての作業になったんですが、このソフト、僕にとっては非常に発想の道具として使いやすかったです。ループが色々入っているというのがきっとミソで、特にベースやパーカッションの引き出しが少ない僕にとってはこのループをきっかけに展開を考えることができるんですよ。キーボードとの連携もしやすかったし。欲を言えば楽譜が出せるといいな。というわけでLogicExpressの購入を検討中。ブタ
 でもひとつ。IT機器って凄い便利なんです。アカペラにおいても練習の支援や作編曲の支援ツールとして非常に有効だと思います。でも、あくまでも支援ツールとして使うべきだと思うんですよね。無いと先に進まないっていうんじゃまずいと思うんです。これは別に音楽に限ったことではなくて、IT機器というのは基本的に人を「支援する」為に作られたツールなわけで、それに呑まれてしまうような使い方というのはまずいと思います。IT機器は人の作ったもの、だから人がどう使うかでその意味合いは大きく違ってきてしまうと思います。今度はそのあたりを書いてみようかな。
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