この間長期で実家に帰っていたときに、ふと無くなった祖父がよく機嫌のいいときに民謡とか演歌を口ずさんでいたのを思い出しました。小さい頃はあんまりそれを聴いて何とも思わなかったというよりはあんまり快くは思ってなかったように記憶していますが、その時はふと「でも、あの歌うまかったよな」って思ったんです。もちろん亡くなってしまった人のことなので多少なりとも美化されているところはあると思いますが、それにしても田舎のじいちゃんばぁちゃんが歌う民謡とか漁師の歌う舟歌って凄くうまいと思うんです、技術的な話というよりは直に心を打つような力がある気がします。
それはなぜなんだろうとちょっと考えてみたんですが、きっとそれはその歌がじいちゃんばぁちゃんの中にしっかり息づいていて、歌ってそれが引き出されてくるというよりむしろ、音楽が中からあふれ出てくる感じだからだろうと思います。確かに、曲を書くときにポップスとかはメロディーラインを考えるだけでも一苦労なのに、割と演歌とか、民謡って考えると何となく自然に出てきません?そう考えると僕らの中にも民謡のような民族音楽は息づいているのかなと思います。と同時にもしかしたら、僕はクラシックやポップスといった自分の文化圏から出てきたわけではない違う種類の音楽に取り組んできたことで自分に内在する音楽を育てられずに自分の中からあふれ出てくる音楽というものを失ってしまったのかもしれないと思いました。
そんなことを考えてちょっと怖くなって母親に話をして最後に「僕は自分の中からあふれてくるような歌を歌えるのかな?」ってつぶやいたときに、母親が「うーん。あたしはあんたにもそういう音楽があると思うよ。」って言ってくれたんですよね。家族から音楽に関してそういう言葉を聞くことがあまりなかったので凄くうれしかったです。
みんなのなかにある音はどんな音楽を奏でていますか?あふれ出てきそうですか?
それはなぜなんだろうとちょっと考えてみたんですが、きっとそれはその歌がじいちゃんばぁちゃんの中にしっかり息づいていて、歌ってそれが引き出されてくるというよりむしろ、音楽が中からあふれ出てくる感じだからだろうと思います。確かに、曲を書くときにポップスとかはメロディーラインを考えるだけでも一苦労なのに、割と演歌とか、民謡って考えると何となく自然に出てきません?そう考えると僕らの中にも民謡のような民族音楽は息づいているのかなと思います。と同時にもしかしたら、僕はクラシックやポップスといった自分の文化圏から出てきたわけではない違う種類の音楽に取り組んできたことで自分に内在する音楽を育てられずに自分の中からあふれ出てくる音楽というものを失ってしまったのかもしれないと思いました。
そんなことを考えてちょっと怖くなって母親に話をして最後に「僕は自分の中からあふれてくるような歌を歌えるのかな?」ってつぶやいたときに、母親が「うーん。あたしはあんたにもそういう音楽があると思うよ。」って言ってくれたんですよね。家族から音楽に関してそういう言葉を聞くことがあまりなかったので凄くうれしかったです。
みんなのなかにある音はどんな音楽を奏でていますか?あふれ出てきそうですか?