最近なんだか結構堅い話が続いていますが、今回も堅いかもしんない。本日は歌というメディアについて論じてみようかと。ってのっけからいきなり堅いもんなぁ。(苦笑)とりあえず思いついたことを書いているのでそのうち誰も見に来なくなるんじゃないかという危機感もあり。(笑)ここに書いている事ってだれかの実になったりしているのかしら?さて、今日のお題ですがホントに僕が思ったことを書いているので、メディアの専門家とかに読まれると何いっとんじゃこいつわ!と怒り心頭になるかもしれません。お許しを~やれうつな~蠅が手を擦る足を擦る~。
元々人と人との間で交わされるコミュニケーションのうち8割程度までが実は非言語コミュニケーションだという話は結構有名なので聞いたことがあるかもしれません。つまりは僕らが普段している会話なんかで意志の伝達がなされているうち純粋に言葉だけによって伝わっている部分というのはごく一部で、ほとんどは表情や、語気、雰囲気、手紙なら文字の感じなどに寄るところが実は大きいというお話です。言われてみると確かに会って話すよりも電話、電話よりもメールの方が誤解は多いし、メールなんかもフォントを変えるだけで随分印象が違って見えたりしますな。ご承知の通り言語などは脳の中でも主に左脳で扱われます。いわゆる「理論の脳」ですな。
一方表情、語気、なんかは主に右脳で扱われます。感情を音の起伏や、音色、顔の筋肉なんかを制御することで表すわけです。そんなわけで右脳は「感情の脳」と言われたりもします。人間の音声ってのはこの二つの脳の共同作業で成り立ってるわけですね。こう考えると人間の音声って言うのはやっぱり他者に意思を伝達するために非常に優れたメディアであると言えると思いません?
で、音楽のお話です。音楽はどっちの脳?って言われたら右脳と言うことになるようですね。結構古くから人間は音楽を用いて表現をしようとしてきているわけで、メロディーやそれを乗せるコード、そして音色や強弱なんかでいったん左脳で言語化しないと表現が難しいような細かな心の動きや言語化が非常に難しい感情、そして情景を伝えられるよう取り組んできました。聞いているだけで情景が浮かんでくるような曲やとか泣いちゃうような曲って言うのはそういうのに成功しているということなんでしょうね。直に右脳を刺激して情景を描かせたり感情をシンクロさせたりしているってことになるんでしょうか。
さて、そこに「歌詞」が乗ったら?言葉がのることで更にイメージを精細化することができそうじゃないですか?そう考えたら歌って言うのは人間の大脳を全部ひっくるめて強力にシェイクすることができるようなそんな凄いメディアなんじゃないかって最近ふと思う瞬間があったわけです。この凄いメディアを存分に活用することができる人というのは数少ないと思います。表現したいことを的確に表しつつも歌詞に寄り添うメロディーとコード、同じくメロディーに寄り添いつつイメージを精細化する歌詞、そしてそれを表現しきることのできる演奏家。これらを全て備えるもしくは協働作業をするというのは並大抵のことじゃない。でも、確実に僕らの心を揺り動かす音楽というのは存在するわけでまったくムリということではないんだと思います。僕もいつか1回くらいはこの「歌」という「メディア」を最大限に活用してみたいもんです。