僕と音

僕の中から出てくる音

 この間長期で実家に帰っていたときに、ふと無くなった祖父がよく機嫌のいいときに民謡とか演歌を口ずさんでいたのを思い出しました。小さい頃はあんまりそれを聴いて何とも思わなかったというよりはあんまり快くは思ってなかったように記憶していますが、その時はふと「でも、あの歌うまかったよな」って思ったんです。もちろん亡くなってしまった人のことなので多少なりとも美化されているところはあると思いますが、それにしても田舎のじいちゃんばぁちゃんが歌う民謡とか漁師の歌う舟歌って凄くうまいと思うんです、技術的な話というよりは直に心を打つような力がある気がします。
 それはなぜなんだろうとちょっと考えてみたんですが、きっとそれはその歌がじいちゃんばぁちゃんの中にしっかり息づいていて、歌ってそれが引き出されてくるというよりむしろ、音楽が中からあふれ出てくる感じだからだろうと思います。確かに、曲を書くときにポップスとかはメロディーラインを考えるだけでも一苦労なのに、割と演歌とか、民謡って考えると何となく自然に出てきません?そう考えると僕らの中にも民謡のような民族音楽は息づいているのかなと思います。と同時にもしかしたら、僕はクラシックやポップスといった自分の文化圏から出てきたわけではない違う種類の音楽に取り組んできたことで自分に内在する音楽を育てられずに自分の中からあふれ出てくる音楽というものを失ってしまったのかもしれないと思いました。
 そんなことを考えてちょっと怖くなって母親に話をして最後に「僕は自分の中からあふれてくるような歌を歌えるのかな?」ってつぶやいたときに、母親が「うーん。あたしはあんたにもそういう音楽があると思うよ。」って言ってくれたんですよね。家族から音楽に関してそういう言葉を聞くことがあまりなかったので凄くうれしかったです。
みんなのなかにある音はどんな音楽を奏でていますか?あふれ出てきそうですか?

音を聴く耳

 ツールと音楽についての話を書こうと思ったんですが、まだまとまってないので別の話を書こうかなと。
今日午前中配達指定で宅配便があったので自宅で待機していたのですが…。
「こないぢゃん!」

「むー。」と思いながら学校に出ようとしたら
「不在通知はさんであるぢゃん!」(T▽T)
頼むよ。何で気づかないかな僕…。ホントに音を聴く耳持ってるのか?!
いや、別にそういう話をしたかったわけではないのですよ。

 昨日ふと自分に何かが起こって五体満足でなくなるとしたら…と考えてしまった。たまにそういうことを考えてしまうのだが、そういうときに自分のなかでどんなものが大切なのか、自分が何を使って自分を他者に伝えようとしてるのかということが顕在化することがある。
 もし、耳や声を失うことになったら間違いなく僕は狂ってしまうだろう。僕にとってきっと音というものはそれだけ大きな位置を占めていて、それを失うことになったとしたら僕は自分を伝えるすべを失ってしまう。そう容易に想像が付くからだと思う。もちろん僕は自分の声や音がそんなに大好きというわけではない。でも、自分が一番自分らしくいられる瞬間は自分が音楽しているときだと僕は信じている。

要はね。僕音楽大好きなんです。なんだかんだ言って歌うの大好きなんです。だから、歌える限り僕は歌いたいっ。
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